「初頭効果」という言葉があります。
人は、一番最初に聞いた情報を最もよく記憶する、という心理学上の概念です。
この心理的現象を尊重した、法廷での弁護技術があります。
たとえば、弁護人として主張を伝えるとき、インパクトのある主張を意識的に最初に持ってくる。
証人を尋問するとき、もっとも裁判官(裁判員)に注目してほしい事項を最初に聞く。
こうすることで、主張の重要部分を記憶に残るようにし、かつ、出だしのインパクトによって主張全体に興味を持ってもらうことができます。基本的な法廷弁護技術のひとつといえます。
さて、表題ですが、ご存じのとおり、Youtubeは動画配信サイトです。私も、結構利用します。
ここで取り上げたいのは、動画の最初に流れるCMです。Youtubeでは、動画の最初にCMが流れることがあります。動画とは関係ない、一般的な商品などのCMです。
このCMの多くは、5秒経過後にスキップできることになっています。
つまり、これをCMの配信主体である企業から見れば、5秒の間に興味を持たせられなければ目的のCMを流すことはできないということです。
これは、上に書いた法廷技術、つまり一番最初の主張にインパクトを持たせる、ということと非常に共通しています。
しかも、最初の5秒で視聴者の興味を持たせなければ、(法廷での弁護人の陳述を裁判官は一応きかなければいけないのと異なり)自分の主張自体をすべて聞いてもらえなくなるので、よりシビアです。
さらに困難なことには、だれもCMを見に来ている人はいないということです。弁護人の弁論は一応そのための時間が与えられていて、裁判官も一定の興味を持っています。しかし、CMを目にする人は、CMでなく明らかに動画を見に来ています。好きなアーティストのPVだったり、名プレーヤーのテニスの試合がすぐに始まることを期待してクリックしているわけです。CMは、動画を見るための邪魔者にすぎません。
これは、CMを配信する側からすれば、かなり悲劇的な状況であるといっても過言ではありません。
僕も、ほぼすべてのCMを5秒でスキップします。
いろいろなCMがあります。最初の5秒がBGMのイントロだけで終わってしまうCMなどは論外。最初に商品名を声高にアピールするCM、商品の効能や実績をアピールしようとするCMなど、5秒間を意識したと思われるものもありますが、やはりほぼすべてをスキップします。
そのような中で、先日、最後までCMを見たことがありました。そのCMの出だしはこうでした。
(高校生が)「また間違えてる」(高校生の視線の先に挙動不審の外国人)
そして5秒をすぎるあたりで、外国人が高校生に何かを訪ねようとしてきます。
結局これは、「富士山(ふじさん)駅」に行きたい外国人が「富士山下(ふじやました)駅」(※群馬県所在)と間違えたというストーリーでした。
後から振り返ってみるとすごくうまいと思います。
まず「間違えている」というメッセージ。他人の間違いや失敗に興味を持つのは人の常です(笑)
しかも「また」ということで、よくある間違いだということを強調。どんな間違いなのだろうという興味を引き立てます。
そして、5秒過ぎてスキップができるようになるあたりで、外国人が話しかけてきて、間違いの内容が分かりそうになる。スキップせずに知りたくなります。
これで、僕は5秒過ぎてCMを見続けました。
CMの商品は、Googleの音声検索でした(高校生がスマホの音声検索で富士山駅までのルートを説明する話)。
出だしの話は、直接には商品と関係がありません。しかも、僕自身商品に特に興味があったわけでもありません。しかし、それでもGoogleは僕にCMを見せることに成功しました。
人を引き込むストーリーの出だしは決まった形はなく、いくらでも工夫の余地があります。
それをこんな場面で知らされることになるとは。
日常触れる何気ない場面にも、弁護技術のヒントが隠されています。
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2014年8月6日水曜日
2014年7月24日木曜日
「リピーター」
今日,昔事件を担当した方から連絡が来ました。
新しい法律問題が生じたということで,ご相談のお電話でした。
昨年末くらいにも同じことがありました。
元刑事事件の依頼者が,新しい民事関係の法律相談にいらっしゃいました。
弁護士として年数を重ね,こういったお問い合わせが増えていくのは嬉しいことです。
刑事事件は,性質上,リピーターが少ないものです。
少ない方がいいです。
仮にあったとしても,複雑な心境でしょう。
担当した方が,また再犯をした(あるいは,疑われた)ということですから。
もちろんそういう場合でも,ご依頼があれば担当しますが。
今日のご相談も民事関係のご相談でした。
刑事事件を担当した方が,刑事事件でない分野までご相談してくださるのは,担当した刑事事件を通じて,刑事事件に限らない信頼感を持っていただいたと感じられるので,すごく嬉しいです。
刑事事件を主な取扱分野としていますが,もちろん民事ができないことはないので,丁寧に調べてお答えしました。
刑事事件は一回きりのものです。
一回きりがいいです。
でも,刑事事件を丁寧に担当すること通じて,刑事事件に限られない人のつながりが増えていくことも,弁護士の仕事の醍醐味だと感じました。
新しい法律問題が生じたということで,ご相談のお電話でした。
昨年末くらいにも同じことがありました。
元刑事事件の依頼者が,新しい民事関係の法律相談にいらっしゃいました。
弁護士として年数を重ね,こういったお問い合わせが増えていくのは嬉しいことです。
刑事事件は,性質上,リピーターが少ないものです。
少ない方がいいです。
仮にあったとしても,複雑な心境でしょう。
担当した方が,また再犯をした(あるいは,疑われた)ということですから。
もちろんそういう場合でも,ご依頼があれば担当しますが。
今日のご相談も民事関係のご相談でした。
刑事事件を担当した方が,刑事事件でない分野までご相談してくださるのは,担当した刑事事件を通じて,刑事事件に限らない信頼感を持っていただいたと感じられるので,すごく嬉しいです。
刑事事件を主な取扱分野としていますが,もちろん民事ができないことはないので,丁寧に調べてお答えしました。
刑事事件は一回きりのものです。
一回きりがいいです。
でも,刑事事件を丁寧に担当すること通じて,刑事事件に限られない人のつながりが増えていくことも,弁護士の仕事の醍醐味だと感じました。
2014年7月14日月曜日
「雑誌」
「季刊刑事弁護」という雑誌があります。
「季刊」の名の通り、年に4回発売される刑事弁護雑誌です。
刑事弁護に関する事例の報告や、刑事弁護の技術・戦略に関する特集記事が主な内容です。
弁護士向けの雑誌ですが裁判所の会議室でも見かけたりするので、意外と、裁判所や検察官も読んでいるかもしれません。
法曹関係者の中ではそこそこ有名な雑誌です。
読んでいると、本当に勉強になります。
「本当の意味で」刑事事件に強い、百戦錬磨の弁護士たちが記事を書いています。
理論的な論文から、技術や実例にわたる部分まで、毎号楽しみに読んでいます。
最近では編集委員が一新され(当事務所のS弁護士も編集委員を担当しています)、より現在の刑事実務に合致した最先端のものとなったといっていいと思います。
今は秋号が発売されていますが、夏号には僕も出させていただきました!
昨年度、東京三弁護士会が主催して行った模擬裁判(一般市民の方をお招きして裁判員役をやってもらい、当事者も本番さながらに活動して、裁判官とともに評議をしていただくイベント)で裁判員役を務められた一般市民の方にインタビューを行った時の記事が載っています。
私も尊敬する若手の実力派刑事弁護士であられる久保有希子先生(第一東京弁護士会)も一緒でした。
模擬裁判もとても勉強になりましたが、インタビュー自体も一般の方のご意見を聞けて、すごく参考になりました。そのへんの勉強になるところが凝縮されていますので、興味のある方はぜひご覧ください。
秋号はまだ手元にありませんが、主題は「黙秘が武器になる」です。
黙秘権をどのように、どういう基準で行使するか。まよわず決断できるケースもありますが、事例によっては迷うケースもあります。それくらい神経を使う問題だと思います。
読むのが今からすごく楽しみです。
「季刊」の名の通り、年に4回発売される刑事弁護雑誌です。
刑事弁護に関する事例の報告や、刑事弁護の技術・戦略に関する特集記事が主な内容です。
弁護士向けの雑誌ですが裁判所の会議室でも見かけたりするので、意外と、裁判所や検察官も読んでいるかもしれません。
法曹関係者の中ではそこそこ有名な雑誌です。
読んでいると、本当に勉強になります。
「本当の意味で」刑事事件に強い、百戦錬磨の弁護士たちが記事を書いています。
理論的な論文から、技術や実例にわたる部分まで、毎号楽しみに読んでいます。
最近では編集委員が一新され(当事務所のS弁護士も編集委員を担当しています)、より現在の刑事実務に合致した最先端のものとなったといっていいと思います。
今は秋号が発売されていますが、夏号には僕も出させていただきました!
昨年度、東京三弁護士会が主催して行った模擬裁判(一般市民の方をお招きして裁判員役をやってもらい、当事者も本番さながらに活動して、裁判官とともに評議をしていただくイベント)で裁判員役を務められた一般市民の方にインタビューを行った時の記事が載っています。
私も尊敬する若手の実力派刑事弁護士であられる久保有希子先生(第一東京弁護士会)も一緒でした。
模擬裁判もとても勉強になりましたが、インタビュー自体も一般の方のご意見を聞けて、すごく参考になりました。そのへんの勉強になるところが凝縮されていますので、興味のある方はぜひご覧ください。
秋号はまだ手元にありませんが、主題は「黙秘が武器になる」です。
黙秘権をどのように、どういう基準で行使するか。まよわず決断できるケースもありますが、事例によっては迷うケースもあります。それくらい神経を使う問題だと思います。
読むのが今からすごく楽しみです。
2014年6月29日日曜日
「趣味」
刑事弁護ばかりやっているわけではありません。
僕にもプライベートでの「趣味」があります。
どちらかというと多趣味なほうだと思いますが、一番堂々と人に話せる健康的な趣味は
「テニス」
です!
中学生のころからずっとテニスをやっています。
もうテニス歴は15年以上になるということになりましょうか。
中高6年間はもちろん、大学でも、いわゆる体育会の部活動で4年間を過ごしました。
今でも休みを見つけては大学に行き、現役の後輩たちと試合をしています。
まだまだ現役部員には負けません(という気持ちでいます)!
このように、大学まではスポーツに明け暮れていたタイプの人間ですが、そのスポーツの経験が、今の(弁護士としての)自分を形作っているように思います。
テニスも裁判も勝負です。相手の強みをいかに封じるか。自分の強みをどうやって活かすか。相手の弱みをいかにあぶりだすか。自分の弱みをいかに目立たせないか。テニスと裁判は、共通している部分があるようにおもわれます。少なくとも僕は、意識的にやっています。
そして、あきらめない心を養えたというのも重要でした。練習がきつい、試合で劣勢になる、何度も何度も経験しました。なんとか、目標を達成するため、勝つために努力をくりかえしてきたつもりです。結果が出るときも出ないときもありましたが、結果のためにあきらめず、最善を尽くすということを覚えました。刑事裁判も、依頼人の身体が拘束される、証拠を固められて裁判にされる、たいていは逆境から始まります。でも、それがまさにやりがいの源です。劣勢なところから、どうやって自分の依頼人の主張を正しく伝え、劣勢を逆転するかというところに、やりがいを感じます。あの試合の逆転勝利が・・・とおもいだすわけでもありませんが、全く同じ体の感覚を覚えることが多々あるのです。
少々こじつけでしょうか(笑)でも、僕の人生にとってテニスで得たものが大きいことは確かです。
一生の財産として、ずっと続けていこうと思っています。
なお、堂々と人に話せない趣味としては、麻雀、ゲーム、お酒などがあり、それぞれ「弁護活動と共通点がある!」などと話すこともできそうなのですが、ここでは割愛させていただきます。。。
僕にもプライベートでの「趣味」があります。
どちらかというと多趣味なほうだと思いますが、一番堂々と人に話せる健康的な趣味は
「テニス」
です!
中学生のころからずっとテニスをやっています。
もうテニス歴は15年以上になるということになりましょうか。
中高6年間はもちろん、大学でも、いわゆる体育会の部活動で4年間を過ごしました。
今でも休みを見つけては大学に行き、現役の後輩たちと試合をしています。
まだまだ現役部員には負けません(という気持ちでいます)!
このように、大学まではスポーツに明け暮れていたタイプの人間ですが、そのスポーツの経験が、今の(弁護士としての)自分を形作っているように思います。
テニスも裁判も勝負です。相手の強みをいかに封じるか。自分の強みをどうやって活かすか。相手の弱みをいかにあぶりだすか。自分の弱みをいかに目立たせないか。テニスと裁判は、共通している部分があるようにおもわれます。少なくとも僕は、意識的にやっています。
そして、あきらめない心を養えたというのも重要でした。練習がきつい、試合で劣勢になる、何度も何度も経験しました。なんとか、目標を達成するため、勝つために努力をくりかえしてきたつもりです。結果が出るときも出ないときもありましたが、結果のためにあきらめず、最善を尽くすということを覚えました。刑事裁判も、依頼人の身体が拘束される、証拠を固められて裁判にされる、たいていは逆境から始まります。でも、それがまさにやりがいの源です。劣勢なところから、どうやって自分の依頼人の主張を正しく伝え、劣勢を逆転するかというところに、やりがいを感じます。あの試合の逆転勝利が・・・とおもいだすわけでもありませんが、全く同じ体の感覚を覚えることが多々あるのです。
少々こじつけでしょうか(笑)でも、僕の人生にとってテニスで得たものが大きいことは確かです。
一生の財産として、ずっと続けていこうと思っています。
なお、堂々と人に話せない趣味としては、麻雀、ゲーム、お酒などがあり、それぞれ「弁護活動と共通点がある!」などと話すこともできそうなのですが、ここでは割愛させていただきます。。。
2014年6月20日金曜日
依頼者からの手紙
先日、担当した事件の依頼人からお手紙をいただきました。
事件自体は、それなりの重大事件で、裁判員裁判の事件でした。
検察官の求刑は懲役10年。しかし、判決は、懲役6年6か月でした。
検察官の求刑が適切だったかは相当に疑問のある論告の内容でしたが、ともあれ、我々が求める結論に限りなく近い量刑となりました。
お手紙を通じて、依頼人はこれ以上ない感謝の言葉を述べてくれました。
もちろん、感謝されることを「目的」にやっているわけではありません。
求めているのは、依頼人の感謝ではなく、依頼人の利益です。感謝されなくとも、依頼人の利益を最大限にするための活動を行う使命があります。
逆に、「頑張ってくれた」と感謝されても、結果が出なければ、その事件に対しては悔しい思いが極めて強く残ります。
最善の結果を求めて、どんな人にも最善の弁護を提供しなければならないと考えています。
しかし、それでも、人から感謝をされるというのはうれしいものです。
今回は、依頼者の利益にもかなう結果が出たから喜べるのかもしれません。
感謝をされることが目的ではありませんが、依頼人の利益を追求した結果として依頼人から感謝されるのは、本当に喜ばしいことです。明日からもまた刑事弁護がんばろう!ってなります。
いつも結果を保証できる仕事ではありません。
でも、一つでも多く、少しでもよりよい結果を出せるように、日々腕を磨いていきたいと思います。2014年6月5日木曜日
はじめに
東京ディフェンダー法律事務所所属、弁護士の山本衛と申します。
東京で刑事事件専門の弁護士をやっています。
縁あってこのようなブログを開設することとなりました。
たくさんの方々に読んでいただけることを願っています。
このブログでは、自分の日々の弁護活動を中心に日記的なものから、評論まで雑多につづりたいと思っています。
最初の記事で何を書くかは迷っていましたが、せっかくなので、僕がなぜ刑事弁護専門の弁護士を志したのか、なぜ今こうしてたずさわっているのか、書いてみたいと思います。
「弱い立場に置かれた人の助けになりたい」
そう思って、弁護士を目指しました。そう思って、刑事弁護を志しました。
刑事弁護は、犯罪を犯してしまった人、あるいはそう疑われた人を弁護する仕事です。彼らを弁護することは、弱い立場というにはピンとこないかもしれません。
弱い人の助けになりたいなら、消費者、労働者、被害者、ほかにもたくさん救うべき弱者がいるだろうと。
みんながそう思います。社会の大勢が、そう思います。
しかし、そのことにこそ、僕が刑事弁護を選ぶ理由があるのです。
罪を犯した人、罪を犯したと疑われた人は、人々に社会の敵とみなされます。刑事事件に巻き込まれたというだけで、社会に味方がいない。そのこと自体が、決定的に、罪を犯した人、罪を犯したと疑われている人を弱者たらしめています。
それをわかった上で、彼を助けることができるのは、弁護士しかいません。
そして、現実にも、捜査機関などの国家機関によって身体を拘束され、厳しい糾問の対象になり、大きな危険にさらされる弱者となります。弁護士は、このような刑事事件に巻き込まれた人を守る使命を負っていると思います。
弁護人がいなかったら、多くの声、それを代表する検察官によって、被告人は悪い奴であると糾弾されます。
弁護人は、これに反対の視点を投げかける役割を持っています。
検察官が「彼は有罪だ」といえば、弁護人は「彼は無罪だ」
検察官が「彼のやったことはひどいので懲役○年にすべきだ」といえば「彼には△△の事情があるので刑は軽くすべきだ」と。
お互いに論争をすることによって、システムとして公平な裁判が成り立つわけです。
ですから、弁護人にとって重要なのは、徹底的に依頼人の利益を追求することです。
依頼人の主張を、法的に精密な戦略に昇華し、勝利を追求する。弁護人はいわば依頼人の武器です。
依頼人の武器となり、徹底的にその利益を追求するために、弁護人は存在します。
その思いで刑事弁護士を志し、その思いで今も刑事弁護に携わっています。
実はこの文章、僕が弁護士になる前に、当時流行していたSNSに書き記したことをまとめたものです。
今見返してみて、当時と気持ちが変わっていなく、安心しました。
今後も、この思いを胸に、日々の事件に全力を投じたいと思います。
東京で刑事事件専門の弁護士をやっています。
縁あってこのようなブログを開設することとなりました。
たくさんの方々に読んでいただけることを願っています。
このブログでは、自分の日々の弁護活動を中心に日記的なものから、評論まで雑多につづりたいと思っています。
最初の記事で何を書くかは迷っていましたが、せっかくなので、僕がなぜ刑事弁護専門の弁護士を志したのか、なぜ今こうしてたずさわっているのか、書いてみたいと思います。
「弱い立場に置かれた人の助けになりたい」
そう思って、弁護士を目指しました。そう思って、刑事弁護を志しました。
刑事弁護は、犯罪を犯してしまった人、あるいはそう疑われた人を弁護する仕事です。彼らを弁護することは、弱い立場というにはピンとこないかもしれません。
弱い人の助けになりたいなら、消費者、労働者、被害者、ほかにもたくさん救うべき弱者がいるだろうと。
みんながそう思います。社会の大勢が、そう思います。
しかし、そのことにこそ、僕が刑事弁護を選ぶ理由があるのです。
罪を犯した人、罪を犯したと疑われた人は、人々に社会の敵とみなされます。刑事事件に巻き込まれたというだけで、社会に味方がいない。そのこと自体が、決定的に、罪を犯した人、罪を犯したと疑われている人を弱者たらしめています。
それをわかった上で、彼を助けることができるのは、弁護士しかいません。
そして、現実にも、捜査機関などの国家機関によって身体を拘束され、厳しい糾問の対象になり、大きな危険にさらされる弱者となります。弁護士は、このような刑事事件に巻き込まれた人を守る使命を負っていると思います。
弁護人がいなかったら、多くの声、それを代表する検察官によって、被告人は悪い奴であると糾弾されます。
弁護人は、これに反対の視点を投げかける役割を持っています。
検察官が「彼は有罪だ」といえば、弁護人は「彼は無罪だ」
検察官が「彼のやったことはひどいので懲役○年にすべきだ」といえば「彼には△△の事情があるので刑は軽くすべきだ」と。
お互いに論争をすることによって、システムとして公平な裁判が成り立つわけです。
ですから、弁護人にとって重要なのは、徹底的に依頼人の利益を追求することです。
依頼人の主張を、法的に精密な戦略に昇華し、勝利を追求する。弁護人はいわば依頼人の武器です。
依頼人の武器となり、徹底的にその利益を追求するために、弁護人は存在します。
その思いで刑事弁護士を志し、その思いで今も刑事弁護に携わっています。
実はこの文章、僕が弁護士になる前に、当時流行していたSNSに書き記したことをまとめたものです。
今見返してみて、当時と気持ちが変わっていなく、安心しました。
今後も、この思いを胸に、日々の事件に全力を投じたいと思います。
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