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2018年2月9日金曜日

「スポーツ法政策研究会」

先日、「スポーツ法政策研究会」の勉強会に参加してきました。
この研究会は、スポーツ法務を取り扱う弁護士が集まる研究会で、数か月に一度勉強会を開催しています。

私自身、実は3年ほど前からスポーツ法政策研究会自体には所属していたのですが、勉強会の日程に全く予定が合わずにずっと参加できず。
今回初めての勉強会参加となりました。

勉強会のテーマは、「地域を巻き込んだスタジアムアリーナの在り方」というタイトルで、講師は著明な建築家の先生でした。
とても興味深い内容でした。
たとえば野球場は、野球をするだけならそれだけでも十分です。
しかし、野球場にたくさんの人が来てもらえるためには、もっと工夫できます。
たとえば、野球場の周りごとエンターテイメント施設にして子供たちの遊ぶ施設を作ったり。
野球場の周りを公園にして、様々な催しをしたり。
それこそ野球を見るスタジアム自体を、野球を楽しく見れる構造にしたり。
野球場を総合的なエンターテイメント施設として考え、地域の人々が「また来たいな」と思ってもらうスタジアムにするというアプローチです。
これを、建築学の視点を交えながら学びました。非常に有意義な機会でした。

自分の好きなテニスに引き付けて考えると、数年前に一度、世界的な大会である全豪オープンの観戦に行ったときのことが思い出されます。
やはり世界的に大きな大会だけあって、テニスコートだけではなく、会場である「メルボルンパーク」全体が、一つのエンターテイメントになっていました。
会場にいるだけでわくわくする、そんな雰囲気がありました。
現在、日本最大のテニス施設といってよい有明コロシアム(有明テニスの森公園)が、東京オリンピックに向けて改修中です。
有明はまさに、公園と一体化した会場としてエンターテイメントの場たりうるところです。
実際にジャパンオープンの開催時などは、会場全体が盛り上がっています。
リニューアルしてもっともっと魅力的な施設になって、オリンピックやその後の日本のテニスが盛り上がることを期待しています。

2017年9月28日木曜日

「LGBT 差別 弁護活動」

2か月ほど前、世界テニス界の大重鎮であるマーガレット・コート氏にまつわる事件がありました。同氏は、オーストラリアの大手航空会社であるカンタス航空が同性婚の促進活動を行うことについて批判し、「可能な限りカンタス航空を利用することを避ける」と発言しました。
これに、たくさんのテニスプレーヤーたちが異を唱えました。
異を唱えたテニスプレーヤーの中には、同性愛者も、そうでないプレーヤーもいたと思います。
異を唱えたプレーヤーの一人が、昨年世界ランキング1位になったアンディ・マレーでした。
彼は、コート氏の発言について
「愛し合う二人が結婚することを、なぜ他人が問題視するのかわからない。男性同士であっても、女性同士であっても、それはすばらしいことだ。何が問題なのかわからない。みんな、同じ権利を持つべきものだ」
として、批判しました。

マーガレット・コート氏のテニスにおける功績には最大限の敬意を払いつつ、私はアンディ・マレーの意見を支持したいと思います。
人が誰を愛するかは自由で、(もし法律婚制度を採用するならば)法律婚制度は、それに見合ったものである必要があると思います。

私が弁護士として事件の依頼を受けて事件のことを聞いていく中で、依頼人から、実は同性愛者、両性愛者であるという告白を受けることがあります。そのことそのものが事件の背景にあったりする場合もあるからです。そして、そのことを自由に周りに話せないことが、事件の解決に関して大きな障害となっていることも多々あります。
こうした事件を受任した時、自分の恋愛対象、性対象について自由に語ることのできない世の中に対して、怒りに等しいようなもどかしい感情を持ちます。私自身はこの問題に関して全く偏見はありませんが、しかし、世の中にはあるのです。
同性愛というのは、異性愛者にとってみれば、自分とは違う存在です。自分とは違うものが、現実に存在しているのです。問題は、違うものを、違うものとして受け入れるか、気味の悪いものとして排除しようとするかです。これは性的マイノリティ(近時では、「LGBT」と呼ぶことが多いです)差別だけの問題ではなく、人種差別、国籍差別、性差別、宗教差別など、あらゆる差別にあてはまる問題だと思います。

マーガレット・コート氏の発言の背景には、差別的な意図というよりも、彼女の宗教的な世界観があったのかもしれないと思います。僕はキリスト教を差別するつもりはありません。彼女がその考え方に従って、ひとつの航空会社を今後利用しないという行動をとることは、もちろん自由だと思います。
しかし、その考え方の当否は、議論されるべきです。誰もが愛したい者を愛し、それを自由に表明することに障害のない社会であってほしいです。

2015年8月10日月曜日

「教える」

先日、私の所属する東京弁護士会において、法廷弁護技術の研修が行われました。
私は、東京弁護士会で、法廷技術研修を統括運営する立場を務めると同時に、研修の講師も担当しています。

この研修は,裁判の法廷で行われる弁護活動を、実際の裁判さながらに受講生が実演をし、それに対して講師がコメントをする、という方法で行われます。
このとき,講師のコメントのやり方には,一定の決まりがあります。
それは,①伝えたいメッセージを簡潔に表現し②受講生の実演で問題のある部分を正確に引用し③何がまずいのか理由付けを述べ④具体的な改善策を示す という4つの手順です。

具体的にやってみましょう。
①伝えたいメッセージを簡潔に表現
「主尋問では、誘導尋問をしないようにしましょう」
②受講生の実演で問題のある部分を正確に引用
「今の実演で、あなたはこう証人に問いました。『そのとき、犯人の顔が見えたんですね』」
③何がまずいのか理由付けを述べ
「尋問者が、証人をある答えに誘導する質問、つまり誘導尋問は、尋問者の意図を証人に言わせているだけになってしまいます。検察官から異議が出ますし、裁判所にこちらの意図する事実認定をしてもらうこともできなくなります。主尋問では、オープンクエスチョンをして、証人自身に自発的に事実を語ってもらうようにしましょう」
④具体的な改善策を示す
「ですから、こう問いましょう。『そのとき、あなたには何が見えましたか』」

これは最も基本的な技術のひとつについてのコメントの一例を紹介したものですが、最近、この指導方法、何も法廷技術のみにとどまらず、「教える」ということに普遍的なものだと思うようになりました。
私は、大学院の後輩などに、司法試験の受験科目の答案について指導することがあります。
大学の部活の後輩に、(教えるほど上手でないことを百も承知で言いますが)テニスの指導をすることもあります。
そういうとき、私は常に上の指導方法を意識しています。
もちろんそのまま全部そっくり行うわけではありませんが、特に④具体的な改善策を示すということは、どんな指導にも不可欠だと思います。
優れた指導は必ず具体的です。「この答案の書き方はどうもわかりにくい」とか「君のフォアハンドはどうもよくないね」などといった抽象的な助言では何の意味もないのです。
どうすれば答案がわかりやすくなるのか、どうすればフォアハンドが良くなるのか、具体的にその人がどうすべきかを助言しなければいけません。「『~と解する』はやめて『~である』と書きなさい」とか「グリップを太くしろ!」とか、助言は具体的であればあるほど(それが取捨選択の対象になるという意味も含めて)役に立つと思います。

この助言には、助言をする側の能力がもろに出ます。
やってみるとわかります。自分が理解していないことについて、具体的な助言はできない。
法廷技術なら裁判の、法律の答案なら法律の、テニスならテニスの、深い知識と理解が求められるのです。

ですから、自分が「教える」機会のために、日々、いろいろなものに触れて刺激を受け、学び、知識や理解を深めるように努めなければなりません。
法廷技術研修や新人の指導など、自分が教える立場になることも多くなってきましたが、もちろん、まだまだ僕自身も足りません。これからも、自分に謙虚に、研鑽を積んでいきたいと思います。学んだことを他者に伝え、少しでも役立ててもらえればよいと思います。
そしてそのことこそが「教える」ことの本質ではないかと思う次第です。

さて、これから、明後日から始まる日弁連主催の3日間研修の準備です。

2015年4月21日火曜日

「チャレンジ」

昨年末に、「事務所の刑事事件以外に、個人の弁護士として、新しい分野に挑戦したいことがある」という旨の記事をかきました。
内容は申し上げていませんでしたが、いま書きます。

「新しい分野」とは、ずばり、「テニスに関する法律業務」です。

このブログでも紹介した通り、私の最大の趣味はテニスです。
心の底からテニスが好きだと思います。
しかし、私にはテニスの才覚はありませんでした。
少なくとも、テニスを生活の糧とするような力はありませんでした。
私は法律の道を選びました。
法律の勉強を始めてみて、私は法律が得意だと思いました。
司法試験を受け、法律の専門家になりました。

私はテニスが好きです。
テニスというスポーツ自体を応援したいと思っています。
ですが、私がいくらテニスをやっても、テニスを直接支援することはできない。
テニスを見て選手のウンチクを垂れても、だれも得しない。
それなら、自分の専門性をテニスというスポーツの応援に活かすことはできないか。
こう考えたわけです。

テニスにも、たくさんの法律問題があります。
テニス中の事故、用具の売買と言った身近な問題から、テニスクラブの経営にまつわる、労使問題や不動産などの問題。
選手の育成のために伴う契約・法律問題。
もっと話を大きくすれば、プロ選手と用具メーカーなどとのスポンサー契約。
こうした場面それぞれに、法律家がかかわる余地があります。

一般的な契約問題でも、私なら、ほかの弁護士よりもテニスの現場を知っているかもしれない。
小さなことからでも、テニスに関係する人たちが法律的な問題で困っていたら助けたい。
そうすれば、すこしずつでも、日本のテニス界がよくなるのに貢献できるかもしれない。
日本から、世界で活躍できるような選手が出てくるための、一翼を担えるかもしれない
・・・・
と、妄想は膨らむばかりですが、とにかく、自分が好きなことに、自分の専門性を活かしてかかわることができたら、とても有意義なことだと思うのです。

まだまだ、種をまき始めたばかりですが、いろいろとトライしていこうと思います。
刑事事件は引き続き得意分野として極めていくつもりですが、個人的な分野として、少しずつでも、弁護士としてテニスに関わっていきたいと思います。

2014年12月31日水曜日

「1年を振り返って」

2014年もあと少しとなりました。

今年は、非常に感慨深い年になりました。

まずは刑事弁護。
気づけば、経験した刑事事件はかなりの数になっていました。
数をこなせばいいというものではもちろんありませんが、周りにいる素晴らしい先輩たちのおかげで、重大事件も含めたくさんの種類の事件を担当し、指導を受け、正しい方向に導かれていると思います。自分の弁護活動にも自信が持てるようになりました。
昨年までは事件を先輩と共同で受任することが多かったですが、今年は多くの事件を一人で担当しました。私のモットーでもある、一人一人の依頼人の話をよく聞くことに徹し、丁寧な弁護活動を心掛けました。幸い、多くの依頼人のために良い結果を得ることもできました。
裁判員裁判でも主任弁護人を務めるようになりました。たくさんの証人尋問や弁論を担当しました。裁判官から非常にわかりやすかったとのコメントをいただいたりもしました。法廷での弁護活動も自信をもてるようになりました。

刑事弁護以外の弁護士活動。
今年は多くの場所で、論文の執筆や、講演の機会をいただきました。自分の考えていることを外部に発表することはとても好きなので、今後も積極的に行いたいたいと思います。
このブログを始めたのも今年でした。おかげさまで、ブログの更新を楽しみにしていると言っていただいたり、ブログを見たというご相談者の方もいらっしゃったりして、うれしい限りです。
事務所のホームページも、10月にリニューアルしました。ホームページのコンテンツ作成にも大きく関わりました。少しでもわかりやすく情報が提供できているでしょうか。このブログをご覧になっていただいている皆様も、ぜひ一度ご覧ください。
そして、事務所の刑事事件とは別に、個人の弁護士として、新しい分野に挑戦しようとしていることがあります。時期が来たら、またこのブログでも、可能な限りで書きたいと思っています。

そのほか、私生活でも非常に感慨深い一年になりました。
趣味などでも、いい成果を出せたりもしました。

2014年は、このように非常に充実した1年でした。
今、すごくパワーがみなぎっています。
来年も、どんどん高いレベルの弁護活動を目指して邁進します。
そして、新しいことにどんどんチャレンジしていきたいと思っています。

2014年12月10日水曜日

「錦織選手の魅力」

今日は趣味の話をします。

僕はテニスをやるのも好きですが、見るのも非常に好きです。
今、日本は、テニスが非常に盛り上がっていますね。
もちろん、錦織圭選手の大活躍の効果です。

錦織選手が活躍し始めてから、テニスを知らない人に
「錦織圭のどんなところがすごいのか」
と聞かれることが多くなりました。
もちろん彼の技術は素晴らしいものがあります。僕が初めて彼のプレーを見たのは、彼がまだ17歳くらいの時のことですが、一目見た時からこの選手はすごいと感じるものでした。
パワー、スピード、フットワーク、戦術、どれをとっても一流でしょう。サーブは少しイマイチですが、全体として世界トップクラスの技術をもっていることは、すでに錦織選手自身が結果で証明していると思います。
・・・と、素人なりにウンチクを語りますが、私はプロではないのでこのくらいにしておきます。

私は、素人の一テニスファンから見た、錦織選手の人柄としての魅力に触れたいと思います。
錦織選手の魅力は「自然体」です。
プロのスポーツ選手はいろいろなタイプがいます。
本田圭佑選手のようにいわゆる「ビッグマウス」のタイプもいれば、僕の好きなテニス選手であるナダル選手のように非常に謙虚なタイプもいます。
もちろん、自信も謙虚さも重要ですから、どちらのタイプにも魅力があります。しかし、僕が思うに、錦織選手はこのどちらのタイプでもないんです。
数年前は、「フェデラー(当時世界ナンバー1)と練習できたことは一生の宝物」と言ったり、下位のグレードの大会で勝ったり全米オープンでベスト8に行ったときに本当にうれしそうだったんですね。
でも、今年はそうではありません。全米オープンの時には「勝てない相手はもういない」とまでいうようになりました。
謙虚な人がビッグマウスになったのか?
違います。彼が「勝てない相手はもういない」と言った時には、その言葉がすごく納得いったんです。「うん、その通りだよね」と。今のは一例ですが、彼の言葉は、いつも飾るところがなく、そのままの意味ですんなり入ってくるんです。
そして、プレーの話に戻ると、プレーも自然体。このことが、試合中も余裕を生み、すばらしいパフォーマンスに結びついているのではないでしょうか。

今後も、錦織選手がすばらしい結果を出すことを期待したいですね。
そして、日本全体のテニスが盛り上がり、さらに錦織選手に続く選手がどんどん現れることを望みます。

余談ですが、先日有明でのエキシビジョンの時に、インタビュアーから
「勝てない相手はもう、いますか?」
と聞かれて、はにかみながら、
「えー、いま・・・せん(笑)」
と答えていた錦織選手はすごくかわいかった!笑

2014年6月29日日曜日

「趣味」

刑事弁護ばかりやっているわけではありません。
僕にもプライベートでの「趣味」があります。

どちらかというと多趣味なほうだと思いますが、一番堂々と人に話せる健康的な趣味は
「テニス」
です!

中学生のころからずっとテニスをやっています。
もうテニス歴は15年以上になるということになりましょうか。
中高6年間はもちろん、大学でも、いわゆる体育会の部活動で4年間を過ごしました。
今でも休みを見つけては大学に行き、現役の後輩たちと試合をしています。
まだまだ現役部員には負けません(という気持ちでいます)!

このように、大学まではスポーツに明け暮れていたタイプの人間ですが、そのスポーツの経験が、今の(弁護士としての)自分を形作っているように思います。
テニスも裁判も勝負です。相手の強みをいかに封じるか。自分の強みをどうやって活かすか。相手の弱みをいかにあぶりだすか。自分の弱みをいかに目立たせないか。テニスと裁判は、共通している部分があるようにおもわれます。少なくとも僕は、意識的にやっています。
そして、あきらめない心を養えたというのも重要でした。練習がきつい、試合で劣勢になる、何度も何度も経験しました。なんとか、目標を達成するため、勝つために努力をくりかえしてきたつもりです。結果が出るときも出ないときもありましたが、結果のためにあきらめず、最善を尽くすということを覚えました。刑事裁判も、依頼人の身体が拘束される、証拠を固められて裁判にされる、たいていは逆境から始まります。でも、それがまさにやりがいの源です。劣勢なところから、どうやって自分の依頼人の主張を正しく伝え、劣勢を逆転するかというところに、やりがいを感じます。あの試合の逆転勝利が・・・とおもいだすわけでもありませんが、全く同じ体の感覚を覚えることが多々あるのです。

少々こじつけでしょうか(笑)でも、僕の人生にとってテニスで得たものが大きいことは確かです。
一生の財産として、ずっと続けていこうと思っています。

なお、堂々と人に話せない趣味としては、麻雀、ゲーム、お酒などがあり、それぞれ「弁護活動と共通点がある!」などと話すこともできそうなのですが、ここでは割愛させていただきます。。。